古い車輌の写真

西日本鉄道 7 福岡市内線 3

1007AとB

RP227 Web#=377 掲載2009/9/17

写真1は1000形1007AとB、1970/11/3西日本鉄道貝塚線貝塚車庫にて。

1001形15編成30輌1001AB〜1015ABは1954年と1957年に川崎車両で製造されました。中空軸平行カルダン式で、定員は130名です。1968年にツーマン化改造が実施されましたが、1975年の福岡市内線の一部廃止時に連接車のすべてが廃車となりました。1976年と1978年に各々2編成ずつ熊本市電に譲渡され5000形として就役しました。



1102AとB

写真2は1100形1102AとB、1971/5/2西日本鉄道貝塚線貝塚車庫にて。

1101形5編成10輌1101AB〜1105ABは1954年に汽車製造で製造されました。仕様は1001形と同じですが、車体の形状が写真で見られるように少し角ばっておりました。1976年に2編成が広島電鉄に、1編成が筑豊電鉄に譲渡されています。

1201AとB

写真3と4は1200形1201AとB、1976/3/27西日本鉄道貝塚線貝塚車庫にて。

1201形9編成18輌1201AB〜1209ABは1962年に汽車製造と日立製作所で製造されました。駆動方式が吊掛式に戻りましたが出力は同じABで149KWでした。広島電鉄に5編成、筑豊電鉄に1編成が譲渡されています。

この写真を撮影した1976年にはもう連接車がすべて廃車になった後でした。写真の1201ABも長期にわたって貝塚車庫の放置されていて、塗装などが傷んでおりました。

1303AとB

写真5と6は1300形1303AとB、1970/11/3西日本鉄道貝塚線貝塚車庫にて。

1301形6編成12輌1301AB〜1306ABは1964年汽車製造と日立製作所で作られました。出力はほかと違って180kWに増強されていますが、駆動方式は吊掛式です。まだ新製後時間が経過していないためか、広島電鉄に2編成、筑豊電鉄に3編成が譲渡されています。

この連接車が作られた1950年から1960年にかけては、まだまだ自家用車が普及していなくて路面電車の黄金時代でした。どこの大都市でも乗客が多かったのですが、どうしたわけか大きな収容力を持つ連接車が本格的に採用されたのは西鉄の北九州線と福岡市内線だけでした。

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