古い車輌の写真

DD54

DD54 3 ?

RJ004 Web#=8 掲載2007/12/5
修正1 2009/10/16

写真1はDD54形DD54 3?、19690/8/11国鉄鷹取工場にて。

鷹取工場で8620を撮影した時に、遥か後ろの方に偶然写っていたDD54初期型です、薄れかけた記憶によれば多分3号機。ストレート煙突の廃車になった8620よりもコッチの方が貴重だったのに、マトモには写していません。3種類あるDD54の中ではこの初期型が最もまとまった形をしていると思いますが、皆様はいかがでしょうか?

DD54 13

写真2は正面の窓がサッシタイプのDD54形DD54 13、1976/12/4国鉄舞鶴機関区にて。

DD54型ディーゼル機関車は国鉄の準幹線用として、ドイツからの技術導入により40両が作られました。1820PSという大出力のエンジン1台だけ搭載して保守を軽減するという意欲作でした。

DD54 14

写真3は正面の窓がサッシタイプのDD54 14、1976/12/4国鉄舞鶴機関区にて。

製造後間もない頃にエンジン推進軸が折れて線路に刺さり、松葉杖のように機関車が持ち上がって脱線するという事故が起こりました。推進軸を強化すると今度はエンジンや変速機に故障が頻発するようになり、結局短期間(12年ほど)で全数廃車となりました。これを作ったのは日本で一番大きな重工業メーカーなのですが、なぜこのような失敗作を大量に生産したのか理解に苦しむところです。

DD54 29

写真4は正面の窓がサッシタイプのDD54形DD54 291976/12/4国鉄舞鶴機関区にて。

私が舞鶴でDD54を撮影したのは晩年厄介者として放置されていた頃です。

DD54 34

写真5は正面の窓がHゴムのタイプDD54 34、1976/12/4国鉄舞鶴機関区にて。

このDD54 34は就役してから5年もたたないうちに廃車となりました。あまりにも精巧なメカニズムだったので、現場の保守担当者からDD54のメーカー、窓口商社、そしてライセンス元のドイツのメーカーに至るまでの距離が遠すぎたのでしょう。

DD5439

写真6は正面の窓がHゴムのタイプDD54 39、1976/12/4国鉄舞鶴機関区にて。

私はどうもこのHゴムのタイプは漫画のノラクロを連想させるのであまり好きではありませんでした。

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