古い車輌の写真

小郡機関区 2 D51-1

D51 405と612

RJ241 Web#=918 掲載2015/1/23

写真1はD51形D51 405と612、1972/5/7国鉄山陽本線小郡機関区。

小郡機関区を訪れたのは蒸気機関車の活躍も末期の1972年です。ここにはまだ電気機関車の配置が無かったためか、広い機関区の上空には写真1のように架線の無い青空が広がっていました。

検有効期間を少しだけ残して使われなくなった蒸気機関車が日本全国から沢山やって来て、最後の活躍をしてから廃車となっていました。

D51 405

写真2〜4はD51形D51 405、1972/5/7国鉄山陽本線小郡機関区。

1940年日本車輛名古屋で新製、新潟鉄道管理局新津機関区へ配属。坂町、長岡長野、小郡で活躍。
1969年山口線管理所へ転属。
1973年山口線管理所デh杯解体。
1974年千葉県松戸市小金原のユーカリ交通公園で保存。

1958年に長野工場式デフレクターと長野工場式集煙装置が取り付けられました。

長野工場式デフレクターと長野工場式集煙装置が取り付けられた状態のまま、屋根の下に保存されており状態はなかなか良いようです。

D51 612

写真5と6はD51形D51 612、1972/5/7国鉄山陽本線小郡機関区。

1941年日立製作所笠戸工場で新製、名古屋鉄道管理局交付機関区へ配属。敦賀、福井、今庄、上諏訪、山口線管理所、小郡で活躍。
1948年6月28日福井機関区で福井地震被災、扇形機関庫が倒壊しD51 612は横転という災害に遭っています。

1952年松任工場で重油併燃装置(680ℓ)を取付。写真5と6を撮影したころは、ドーム後部の重油タンクは撤去されていました。
1953年松任工場で敦賀式集煙装置を取付、その後長野工場式集煙装置に取換。
1973年長門機関区へ転属。
1975年山陰本線SLさよなら列車牽引。
1975年長門機関区で廃車解体。

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