古い車輌の写真

和田岬線の通勤用客車

オハフ31 1

RJ037 Web#=128 掲載2008/5/13

1967/4/21に国鉄の和田岬線(通称)の起点兵庫駅で撮影したオハフ31 1です。最初に訪問したときはもう本線では見られなくなったオハ31系がロングシートに改造されて使われていました。ここは終点の三菱重工や川崎車輌などに勤務する工員さんを運ぶために運行されていて、朝夕はものすごい混雑だそうです。車端のアンチクライマーの上にカバーがかけてあるのは、混雑時にここに乗客が乗らないようにするため。

オハ30 1

1967/4/21に同じ所で撮影したオハ30 1です。客車の上に見えるのは東海道本線の高架の長田駅プラットホームです。

オハフ31 2の室内

1967/4/21撮影のオハ31 2の車内で、通勤電車のような長い長いロングシートと客車には珍しいスタンションポール(掴み柱)、吊革付です。
鉄道ファンのダジャレ・・Q「この掴み柱が無いと列車はどうなる?」
              A「柱ない(走らない)」

とにかくこの路線の朝のラッシュはモーレツなものがあったようです。前後に入換用の小型ディーゼル機関車DD13形が付いて(所謂プッシュプル列車)ゆっくりと走っていたそうです。あまりに乗客が多かったので、機関車には乗らないようにという注意を喚起する板(貫通路の中央に見えます)が取り付けられていました。

オハフ64 2

写真4は1969/10/25同所で撮影したオハフ64 2です。オンボロ客車も少しマシなものに取り替えられて時の写真です。車内は座席がほとんど全部撤去されて、たくさんの乗客を詰め込むことができるようになっていました、ちなみに座席定員はたったの7名でした。

オハ64 3

1969/10/25撮影のオハ64 3です。和田岬線は中間駅が無くて全線2.7Kmを10分程かけて、ゆるゆると走行する通勤専用なので座れなくても苦情は出ません。

オハ642

1974/4/20同所で撮影のオハ64 2です。乗り降りが大変だったので片側(駅は2箇所だけで起点も終点もプラットホームはこちら側だけでした)だけ車体の中央に扉が取り付けられていました。オハ64の後釜は片側の扉を閉鎖してしまったキハ35とキクハ35でした。そして今は電化され207系の通勤電車が走っています。最近では昔のような殺人的混雑がなくなり、座席定員程度の乗客数のようです。

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