古い車輌の写真

阪急今津線 6 500形

500型の編成

RP129 Web#=227 掲載2008/9/21

写真1は500形509を最後尾とする5両編成、1976/4/16阪急今津線宝塚南口―宝塚間。

サイト・オーナーが毎日のように見ていた電車です。あまりにも身近すぎて今津線で活躍していた時代の形式写真を撮るのを忘れていました。沿線の明るい松林を通り抜けていくスリムで短い500形電車は、当時のサイト・オーナーにとってとても好ましいデザインに思えたものです。特に全検上がりの艶のある阪急マルーン色の車体と銀色のパンタグラフ、漆黒の台車や機器、そして全検直後の電車だけが出している特別なモーター音は魅力でした。

513

写真2は500形513、1978/1/16平野車庫にて。能勢電就役時に取り外されていたステップが再度取り付けられています。

阪急電鉄500形電車は1938から1942年にかけて320形および380形の増備車として31輌(500〜530)が、川崎車輌で作られた宝塚線用の片運転台付き小型電車です。500形は1953年から行われた51形の鋼体化改造で、51形が装備していた機器や台車を貰い、500形が装備していた機器や台車を610系に提供しました。その結果320形と同じ性能となり共通運用できるようになりました。宝塚線でサハ化された300形を挟んで使われていましたが、1100系や2100系が増備されると今津線や箕面線などの支線で運用されるようになりました。後に実施される昇圧工事の対象とはならず1967年までに運用から外されていきました。

519

写真3は500形519、1967/4/16平野車庫にて。

500形は能勢電にとっては大型だったために、沿線各駅の整備が終わるまで建設中の平野車庫で保管されていました。当初は借り入れでしたが1977年までに購入の手続きが取られちます。1979年に518と519以外は車体更新工事が行われ、一部車輌の運転台が撤去されました。

523

写真3は500形523、1967/4/16平野車庫にて。

阪急500形は3度に渡って増備されましたが最後に製造された522〜530は、1942年の製造で資材節約のために屋根が木製となっていました。


529

写真2は500形529、1978/1/16平野駅にて。

500形はATSの取り付けが困難であったために1500系に押し出されるようにして1988年までに全て廃車となりました。

広島電鉄1078、1074

写真6は広島電鉄宮島線1070形1078、1972/5/1広島電鉄宮島線荒手車庫(現商工センター入口駅)にて。

廃車となった500〜505及び508・509は、広島電鉄に譲渡され、ドア位置の変更などを行い1070形(阪急の旧番号順に1071〜1078)となりました。宮島線の中だけで走る高床式電車として活躍していましたが、広島電鉄の全線で低床式電車を運行する方針となったために1987年と1988年に全てが廃車となりました。

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