古い車輌の写真

D62

D6210

RJ071 Web#=234 掲載2008/10/31

写真1はD62形D6210、1966/8/4国鉄盛岡機関区にて。D6210はD52132から1950年に浜松工場で改造されています。

太平洋戦争が終わったとき国鉄には戦時輸送に使われた貨物列車用の機関車がたくさん残されていました。代用材が多く使われ未熟練の徴用工が作った戦時型機関車は、戦争中の酷使もあって状態がよくありませんでした。東海道本線や山陽本線でしか走れない軸重の大きなD52形で状態の悪いものは大量に廃車となり、一部はボイラーを使ってC62形旅客用蒸気機関車に改造されました。

D52を亜幹線区間でも運用できるように軸重を軽減する改造、つまり1-D-1(ミカド)の1軸従輪を2軸従輪1-D-2(バークシャー)に国鉄浜松工場で改造されD62になりました。このときに木造のデフレクターや炭水車の部分を制式のものに取替、給水温め機の移設、ストーカー(自動給炭機)の設置などの整備工事も施工されました。一部については数年後にボイラーも交換されています。

山陽本線の電化が姫路まで進んだことで、D62形は東北本線に転用されることになり、全車が1959年に一ノ関機関区に配属されました。主に東北本線長町〜盛岡間で使用されていましたが、東北本線の盛岡電化で全てが廃車となりました。

また東北本線の蒸気機関車は1964年頃から前照灯の脇にシールドビームの副灯が取り付けられてきましたが、後に主灯も通常型のものからシールドビームに交換されて、シールドビーム2灯となりました。私のD62との接点はこの時1回だけで、所属していた関西学院大学鉄道研究会の合宿のときでした。

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