古い車輌の写真

近鉄養老線 9 モ5631、モ5651

モ5631

RP141 Web#=248 掲載2008/11/26

写真1はモ5631形モ5631、1971/1/15近鉄養老線西大垣駅にて。

大阪鉄道が電化に伴って準備したデイ1形木造電車13輌の内、火災で車体を失った3両が鋼製車体を新造して復旧、モ5631形となりました。1970年から養老線に転属しましたが、戦後製の20m車が養老線に転属してきて1979年までに廃車となりました。

モ5659

写真2はモ5651形モ5659、1976/3/21近鉄養老線西大垣駅にて。

近畿日本鉄道で最も歴史のある区間は南大阪線の一部で、1898年に河陽鉄道が開業しました。業績不振から後に河南鉄道に授業が譲渡されました。大阪への乗り入れを計画して1919年に大阪鉄道と改称し直流1500Vによる電化を進め、1923年に現在の大阪阿部野橋駅への乗り入れを実現しました。

モ5660

写真3はモ5651形モ5660、1971/1/15近鉄養老線西大垣駅にて。

大阪鉄道は巨額の投資が祟って業績不振となり1943年に関西急行電鉄に吸収合併されました。1944年に関西急行電鉄は近畿日本鉄道となりました。

モ5661

写真4はモ5651形モ5661

写真のモ5651型は大阪鉄道が増備したデハ100形の後身です。

モ5662

写真5はモ5651形モ5662

大阪鉄道の形式称号は変わった体系となっていて、新車として登場した順番にイロハをつけていました。最初はデイ1形(後の近鉄モ5601、モ5631、モ5801形)、次はデロ20形(後の高松琴平電鉄20形)、デハ100形(後の近鉄モ5651形)、デニ500形(後の近鉄モ6601形)でした。

モ5663

写真4はモ5651形モ5663

狭い窓、広い幕板、Hゴム支持の正面と野暮ったい要素満点と見受けましたが、皆様はいかが?

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