古い車輌の写真

近鉄養老線 11 クニ6481

クニ6481

RP143 Web#=250 掲載2008/11/28

写真1はクニ6481形クニ6481,1971/1/15近鉄養老線西大垣検車区にて。

この電車は伊勢電気鉄道が1930年に津(部田駅・津新地駅)から松阪(新松阪駅)経由大神宮前駅(伊勢神宮外宮付近)に至るまでの路線を、1930年開業した時に、高速運転を行うために製造されたモハニ231形が前身です。伊勢鉄道→伊勢電気鉄道・・・現在の養老鉄道に至る経過は「近鉄養老線 1 かもしか号 1」の記事を参照してください。

クニ6482

写真2はクニ6481形クニ6482,1971/1/15近鉄養老線西大垣駅にて。

1930年に日本車輌製造本店でモハニ231形が12両と、クハ471形3輌が製造されました。モハニ231形は伊勢電の特徴である手小荷物室を持った17m級半鋼製車で、ローカル線用の印象を感じさせます。独立した乗務員用扉を持たないのも伊勢電の特徴です。薄い屋根、直線基調の車体など、シンプルで奇を衒わない好ましいスタイルではないでしょうか。台車は日本車輌製造の規格品D-16形イコライザー台車でした。

クニ6483

写真3はクニ6481形クニ6483,1971/1/15近鉄養老線西大垣検車区にて。

1930年の大神宮前までの開業では、モハニ231形とクハ471形は急行として運用が始まり、1935年には桑名〜大神宮を走る特急「はつひ」・「かみぢ」にも使われました。過大な投資が祟って1936年に参宮急行に吸収合併され、伊勢電の目標であった名古屋まで延長は参宮急行系列の関西急行電鉄の手で1938年に実現されました。

1940年に関西急行電鉄が参宮急行へ合併され、さらに1941年に参宮急行と大軌が合併して関西急行鉄道となり、車両番号がモハニ231形はモニ6231形、クハ471形はク6471形と改称されました。1939年にモハニ231形のうち事故で大破していた2両が荷物室の無い車体を新製して復旧(のち近鉄モ6241形)しています。1944年に関西急行鉄道は南海鉄道と合併、近畿日本鉄道が発足しましたが、1947年元南海鉄道の路線は南海電気鉄道として分離されました。

1947年に上本町駅〜近畿日本名古屋駅(現近鉄名古屋駅)間で名阪特急が運行されるようになりました。近鉄名古屋線は伊勢電時代の名残で1067o軌間だったので、伊勢中川駅で乗換えが必要でした。このとき名古屋線の特急にはトイレ付きのク6471形が使われましたが、モニ6231形は手小荷物室がある狭い車体のために特急仕業には就役できませんでした。

最後まで名古屋線に残ったモニ6321形4輌は、1959年の名古屋線改軌に合わせて台車改造で標準軌化されましたが、1960年にはモニ6321形のモーターをすべて6441系の増備に転用することになり、クニ6481形となりました。その後再度1067oゲージに改軌され養老線に転属しました。なんとも複雑な遍歴をたどった電車です。

       前のページ 次のページ