古い車輌の写真

別府鉄道 8 DC 2

キハ2

RP202 Web#=348 掲載2009/8/5

写真1はキハ2、1974/4/20別府鉄道別府港機関区にて。

三岐鉄道が1931年に日本車輌でガソリンカーを5輌(キハ1〜5)製造しました。戦争中は木炭ガス発生装置を搭載していましたが、戦後エンジンを交換してディーゼルカーとなりました。木炭ガス発生装置を搭載するときに荷物台を兼ねたデッキが両端に追加され、いわゆるバケットカーとなりました。三岐鉄道の電化により失職し、三岐鉄道キハ5は1965年に別府鉄道に譲渡されキハ2(2代目)となりました。1984年の廃止時まで使用され現在は円長寺駅跡付近の公園に保存されています。

津軽鉄道キハ2405

写真2はキハ2400形キハ2405、1966/8/5津軽鉄道津軽五所川原駅にて。

上記のキハ2と同じような経歴のディーゼルカーで、元三岐鉄道のキハ3です。別府鉄道のキハ2も津軽鉄道のキハ2405も三岐鉄道時代の姿のままで長年活躍しました。

キハ3

写真3と4はキハ3、1974/4/20別府鉄道別府港機関区にて。

このディーゼルカーは元々佐久鉄道(現在のJR小海線)が日本車輌で6輌(キホハニ51〜56)製造したガソリンカーです。1934年の買収に伴い、鉄道省キハニ40600-40605となり、後に改番されてキハニ40701-40706となりました。

私鉄向けボギー式気動車開発を進めていた日本車輌製造本店が、大型エンジン1基搭載により実用になる性能を実現した初期の気動車です。性能は優秀で後にたくさん作られた私鉄向け中型ガソリンカーにのプロトタイプとなりました。

鉄道省としては私鉄買収に伴って取得した雑多なガソリンカーは運用上の問題も多く早期に整理の対象となりました。

キハ40706は1942年に鉄道省を廃車となり、三岐鉄道に払い下げられキハニ6形キハニ6となりました。1958年に荷物室を撤去しキハ6形キハ6となりました。

写真5と6はキハ3、1979/10/7別府鉄道別府港機関区にて。

三岐鉄道キハ6は1959年に廃車となり別府鉄道へ譲渡され売却されキハ3となり、廃線まで在籍していました。1984年別府鉄道の廃止後佐久市へ戻り、佐久鉄道キホハニ56として復元され、成知公園で静態保存されています。

写真3、4の時代は車体裾周りが緑で窓周りが黄色という湘南電車を明るくしたような塗装でしたが、写真5、6の時代には交流電車のような裾周りがローズピンクで窓周りが薄いクリーム色という派手な塗装で驚かされました。

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