古い車輌の写真

西日本鉄道 24 宮地岳線 10 モ120+ク150

121

RP244 Web#=394 掲載2009/10/5

写真1はモ120形121、西鉄貝塚車庫にて。

写真1〜3の編成は元大牟田線のモ21+モ22+ク61で1959年に第2次20系として3編成6輌が川崎車輌で、大牟田線木造車モ1形とク50形の鋼体化として竣工しました。実態は台枠まで新調で、機器と台車を流用しただけです。西鉄大牟田線に5000形が増備されると20系は全て宮地岳線へ転属となり、ほとんどが現番号+100に改番されました。

122

写真2はモ120形122、西鉄宮地岳線貝塚車庫にて。

写真1〜3の1本だけは3輌固定編成のままで転属して来ましたが、他の5編成の中間モハ5輌は廃車して2輌編成となっております。

この編成の大牟田線での番号はモ21+モ22+ク61でしたが、宮地岳線転属に伴いモ121+モ122+ク161と改番されました。さらに1984年にモ121+モ131+ク151と再度改番されました。

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写真3はク160形161、西鉄宮地岳線貝塚車庫にて。

写真の3輌編成は、他の4編成8輌が1986年にカルダン・ドライブに改造されたときも対象にならず吊掛式のままでした。600形の転属に伴い120系は1987〜1991年の間に全て廃車となりました。

大牟田線時代の29

写真4はモ20形29、1971/5/3西鉄大牟田線二日市駅にて。

大牟田線で活躍していた時代のモ29+モ30+ク56です。宮地岳線にはモ29+ク56となって転属しましたが、1984年にモ126+ク156に改番されています。

123

写真5はモ120形123、西鉄宮地岳線貝塚駅にて。

大牟田線でモ23+モ24+ク58でしたが、中間のモ24は廃車となりモ123+ク158となって宮地岳線に転属してきました。1984年にモ124+ク154に改番されています。

158

写真6はク150形158、西鉄宮地岳線貝塚駅にて。

このモ120系は小柄な湘南形の前面で、ヘッドライトは原型の埋め込み形のまま、貫通扉も無く張り上げ屋根で2扉と、魅力あるデザインに思えるのですがいかがでしょうか? 国鉄のクハ86系電車の後継車は複雑な部品がたくさん取り付けられた111系となり、すっきりとしたデザインが望めなくなったのは残念です。私鉄も安全の観点からシールドビーム2灯が必須となって、このようなあっさりとしてデザインは失われてしまいました。


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