クハ86初期型
RJ110 Web#=423 掲載2009/12/2写真1はクハ86初期型を先頭とする快速列車、1965/1/2国鉄東海道本線西宮-芦屋間にて。 この写真は私が鉄になって1年ぐらいのときに撮影したものです。何を撮るかがまだ確立されていなくて、このような走行写真(所謂走り)のフィルムも残っております。珍しい湘南形の初期車が来てくれたのですが、後年だったら停車駅で待ち構えていて形式写真に近いスナップをプラットホームから狙っていたと思います。妻面の窓が全てHゴム化されているのが残念。
クハ86 300番台
写真2はクハ86 300番台を先頭とする快速列車、1965/1/2国鉄東海道本線武庫川橋梁にて。 この頃は京阪神快速列車にもクハ111の導入がはじまったころでした。それでもクハ86系(主として300番台の全金属車)が中距離の快速電車として大活躍をしていました。
写真3〜5はクハ86 300番台を先頭とする快速列車、1965/1/2国鉄東海道本線西宮-芦屋間にて。 この角度で見上げたクハ86は、クハ111のようなゴチャゴチャした機器が付いていない端正な顔付でした。日本の鉄道車両デザインに大きな影響を与えたのも頷けます。
当時の快速列車には必ず1等車のサロ85が組み込まれていました。三等級制度(イ、ロ、ハ)が二等級制度(ロ、ハ)になったのは1960年、グリーン車の制度ができたのは1969年でした。サロの窓の下には一等車の象徴である薄緑の帯がありました。
この頃ほとんどのクハ86 300番台は、運転台の窓がHゴム化されていました。古い電車の窓をHゴム化したものは、ファンの間では常に顰蹙モノでした。しかし私のような初心者鉄にとって、このクハ86のHゴムは良く似合っていたと感じました。
クハ86059
写真6はクハ86059を先頭とする列車、1972/5/1国鉄山陽本線広島駅にて。 原型の正面窓が残されているクハ86059です。この頃では原型の窓が残されていたのはこの059だけでした。ドアが開けっ放しなのは残念ですが、一応大収穫。
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