古い車輌の写真

大阪市電 6 譲渡車 1

広島電鉄 758

RP301 Web#=485 掲載2010/3/

写真1は広島電鉄750形758、1971/5/1広島電鉄軌道線広島駅にて。

1928年から1929年にかけて製造された元大阪市電1601形で、14輌譲渡されたものの内10輌が750形751〜760となりました。既に8両が廃車となり、2輌が車体上部を取り払って花電車用台車として残されています。写真1の758は貨50形貨52となっています。

広島電鉄 763

写真2は広島電鉄750形763、1971/5/1広島電鉄軌道線広島駅にて。

1940年に散水電車5輌を種車として木南車輌で製造された大阪市電の元1651形のうち4輌(1輌は戦災で廃車)を、1965年に譲り受けて750形761〜764としました。

広島電鉄 766

写真3は広島電鉄750形766、1971/5/1広島電鉄軌道線広島駅にて。

1949年〜1950年に32輌製造された大阪市電の1801形で1967年と1968年に8両が譲渡され、750形765-772号になりました。

写真3の766号は1982年にテレビドラマ“西部警察”の日本全国縦断ロケにあたって、広電宮島(現広電宮島口)駅構内で爆破シーンの撮影に使用されました。

広島電鉄 2513

写真4は広島電鉄2500形2513、1971/5/1広島電鉄軌道線広島駅にて。

1966年に大阪市電1600形の車体4輌分を流用して、大阪車輛工業で2車体連接車2500形の増備車2511〜2514が製造されました。宮島線直通車としてピンクに赤帯の塗装で活躍しました。新車として就役した2500形2501〜2510は3車体連接車改造されましたが、この2511〜2514はそのまま廃車となりました。

広島電鉄 914

写真5は広島電鉄900形914、1971/5/1広島電鉄軌道線広島駅にて。

1955年〜1960年に114輌が木造車の更新などで製造された大阪市電の2601形で、ワンマンカーに改造されていた14輌が1968年に譲渡され、900形901〜914になりました。写真5の914は大阪市電時代は2639でした。

他の大阪市電から譲渡された電車は広島電鉄カラーに塗装されましたが、この900形から塗替費用の節約のためにオリジナルの塗装を残すようになりました。これは広島電鉄が「路面電車の博物館」と呼ばれるようになった始まりで、以後の神戸市電、ハノーバー市電、ドルトムント市電から譲渡された電車はオリジナル塗装を残して観光客にアピールするようになりました。

広島電鉄は大阪市電から750形22輌、2500形4輌、900形14輌の合計40輌もの電車を購入しましたが、旅客用として残っているのは750形6輌と900形13輌になってしまいました。

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