古い車輌の写真

山陽電気軌道 5 303、304、532

303

RP340 Web#=530 掲載2010/11/13

写真1は303の廃車体、1970/8/13山陽電気軌道東車庫にて。

1940年に日本車輌で301〜305の5輌が製造されました。車体は溶接構造の滑らかな半鋼製で張り上げ丸屋根、最大長は12.0m、自重16.6t、出力74.4kW、定員80名でした。

304

写真2は304の廃車体、1970/8/13山陽電気軌道東車庫にて。

301のシリーズは8輌予定されていたのですが、戦争中の資材入手難が祟って完成は戦後となり、しかも2輌は注文取消、西鉄北方線に引き取られました。

このようなきれいな電車が2輌並んで廃車体となっているのに驚きました。

532

写真3と4は532の廃車体、1970/8/13山陽電気軌道東車庫にて。

1905年に開業した伊勢電気鉄道は1906年に最初のボギー車を日本車輌より2輌27と28を購入しました。当初は運転台に扉がなく、寒さのあまりに乗務員からはアリューシャンと悪口されたようです。昭和初期に車体更新工事が行われ丸屋根に改造されました。1931年にブリル22-E型マキシマム・トラクション台車から田中車輌製の日車C型に交換、主要機器も順次交換され原型は殆んど留めないようになりました。後にモ531形のモ531とモ532と改番されました。

伊勢電気鉄道として開業した路線は、社名が三重合同電気、合同電気、東邦電力、神都交通、三重交通の神都線と変遷し、複雑な歴史を持っております。

1957年山陽電気軌道に譲渡され、三重交通神都線時代の番号のままで使用されました。車体は木造丸屋根で、扉付き、最大長は11.3m、自重14.0t、出力74.6kW、定員80名でした。入線後に集電装置がポールからビューゲルに変更されました。台車はブリル76-2E系を履いていました。

1962年に台車や機器を811と812に譲って、旧車体は倉庫となりました。この写真を撮影した時は532の車体だけが傾いた状態で残されていました。

路面電車