古い車輌の写真

有田鉄道 5 蒸気機関車1号と貨車

1号蒸気機関車

RP384 Web#=603 掲載2011/5/20

写真1と2は有田鉄道1号蒸気機関車、1963/3/31東武鉄道東上線ときわ台駅。

東武鉄道東上線ときわ台駅には1953年から保存展示されていましたが、1973年8月からは東京都板橋区立城北交通公園でD51513、東京都電7508号と一緒に展示されています。全長5.0m、運転整備重量8.5t、車軸配置B、使用圧力12.4Kg、動輪直径580mmとサブロクゲージでは極めて軽量の蒸気機関車でした。

このロコは有田鉄道が開業に備えて1915年にドイツのアーサー・コッペル社から購入したもので、後に東武鉄道へ貸与し1951年にキハ12号と交換で譲渡されました。東武鉄道では実際にはほとんど使われなかったようです。

珍しい2号蒸気機関車

有田鉄道には1916年に宮原機械研究所で作られた宮原式水管ボイラーを持つ2号蒸気機関車が使われていました。宮原式水管ボイラーは海軍の技術者が軍艦用に設計したボイラーで、当時の艦艇に広く使われていました。日本で水管式ボイラーが蒸気機関車に使われた例は全部で僅かに5輌だけです。結局使いにくかったためか1922年に普通のボイラーの載せ換えられ1937年まで使用されていました。宮原式水管ボイラーを備えていた蒸気機関車の鮮明な写真が残されていないのは極めて残念です。井笠鉄道に納入された宮原式水管ボイラー蒸気機関車の図面は臼井茂信氏著「機関車の系譜図U」の420ページに掲載されています。

ワ159

写真3〜4はワ1形ワ159、1971/10/24有田鉄道金屋口車庫。

有田鉄道では沿線で精算される蜜柑等の農産物を湯浅港から積み出すために、54輌もの貨車が在籍していました。紀勢西線が開通してからは鉄道省の貨車で全国に向けて出荷できるようになりました。在籍していた貨車は1953年の洪水で流されたり他の私鉄に売却されたりして、写真を撮影した頃はワ159の1輌だけになっていました。鋼製扉に交換され、車体には補強材が追加されていますが古い形態を残しています。端梁にはバッファーを取り除いた跡の穴が残っています。

有田鉄道の記録によると元国鉄ワ1形ワ2609で全長6.2m、自重5.9t、シュー式2軸車、荷重10.0t。

1905年〜1907年に行われた鉄道国有化で各地の私鉄が持っていた雑多な小型有蓋車が大量に鉄道省に引き継がれました。1917年からこれらの11000両にも及ぶ貨車は仕様の統一と改善、ならびに荷重と容積を拡大する「増トン工事」という改造が施されました。そして車体構造で区分されワ50000形、ワ57000形、ワ60000形(後にワ17000形)の3種類に分けられました。
1928年の車輌称号規定改正でワ50000形とワ57000形は統合されてワ1形となりました。記録によればワ1形は9251輌も在籍していました。