古い車輌の写真

江若鉄道 5 5123、5124

5123

RP428 Web#=662 掲載2011/11/14

写真1と2はC25M形キハ5123、1968/12/25江若鉄道三井寺下(ミイデラシタ)車庫。

1931年川崎車両で120人乗り旅客荷物合造ガソリンカーC6形キニ6が製造されました。台車交換等の改造を行いながら永らく使われていました。
1965年に気動車列車を実現するため機械式の変速機を液体式の振興造機製TC-2に変更、総括制御装置を搭載しました。車体は両貫通式となり原型の面影は失われました。そしてC25M形キハ5123と改称され廃線まで活躍しました。

1969年の廃止後、関東鉄道へ売却され、番号はキハ5123のままで竜ヶ崎線で運用に供されました。
1971年に営業距離の短い竜ヶ崎線での合理化のためワンマン化改造。
1972年にキハ530形キハ531へ改番。
1977年には車体の老朽化に伴い大栄車輌で関東鉄道のキハ520とほぼ同型の両運転台式車体を新造し、2度目の車体載替が行われました。
2001年に日本の気動車史上極めて重要なキハ531は全く原型を留めない姿で廃車となりました。

5124

写真3と4はC29M形キハ5124、1968/12/25江若鉄道三井寺下車庫。

1935年川崎車輛で作られた国鉄のガソリンカーキハ42000形キハ42023が前身です。
1950年に千葉地区で産出する天然ガスを燃料にする改造が行われ、キハ42200形キハ42202となりました。
1952年に燃料統制が解除され安価な軽油を使えるようになるとディーゼルエンジンに換装され、キハ42500形キハ42523となりました。
1957年の車輛称号規定改正によりキハ07形キハ07 24と改番されました。

1964年に江若鉄道へ譲渡されC18形キハ18として就役。後に江若鉄道の手で改造が重ねられました。車体妻面は丸い半流線形から貫通扉付きの平妻となりヘッドライトがシールドビーム2灯となって印象が大きく変化しました。総括制御化されて長い編成で運用できるようになりC29M形キハ5124となりました。
1969年の路線廃止に伴い加越能鉄道加越線に譲渡されキハ162と改番、塗装はそのままで使用されました。
1973年加越能鉄道加越線廃止に伴い関東鉄道常総線に譲渡されキハ550形キハ551となりました。入線に際して車体中央の扉が両開に改造、既設ドアのステップも撤去されました。
1988年に廃車解体となり、複雑な流浪の生涯を閉じております。