古い車輌の写真

南海電鉄 阪堺線 3 101、151

109

RP442 Web#=676 掲載2012/1/4

写真1はモ101形109、1966/6/22南海電鉄阪堺線我孫子道車庫。

1924年南海鉄道は梅鉢鉄工所と日本車両で大型車体を持つ木造車101〜120の20輌を製造しました。
1930年の形式称号改正後はモ101形101〜120となりました。その後戦争を挟んで会社の名前は変わりましたが、ずっと大阪軌道線で主力として活躍を続けました。戦争で3輌が失われ、戦後になってから番号を詰めて101〜117と改番されました。
1967年写真1の109が廃車となり、その台車とモーターは大阪市電から購入した1601形の車体と組み合わせてモ121形となりました。

101

写真2はモ101形101、1966/6/22南海電鉄阪堺線我孫子道車庫。

1966年に写真2の101が廃車となり、モ121形に台車とモーターが流用されました。

就役当社はダブルポール、後に単架線式となってシングルポール、晩年は大和川検車区でポールを改造したYゲル(ボウ・コレクター)で集電していました。
1966年に写真2の101が廃車となり、その台車とモーターがモ121形に流用されました。

107

写真3はモ101形107、1966/6/22南海電鉄阪堺線我孫子道車庫。

1962年に写真3の107が廃車となり、モ351形に機器が流用されました。

車体側面は当時大阪市電で大量に増備されていた1001形の影響を受けています。しかし妻面はアメリカのインターアーバンの影響を受けたのか、大きくカーブしていました。塗装はダ−クグリーンの車体にワニス仕上げの窓枠とい南海色を最後まで纏っていました。

154

写真4はモ151形154、1971/9/1南海電鉄阪堺線我孫子道車庫。

1927年南海鉄道は川崎造船所兵庫工場で大型車体に3扉を備えた半鋼製のボギー車電4形を151〜160の10両製造しました。
戦災での焼失と復旧、モ161形やモ301形への改造、車両番号の整理などによって、モ151形151〜154の4両となりました。
1989年までにすべて廃車となりました。

164

写真5はモ161形164、1971/9/1南海電鉄阪堺線我孫子道車庫。

1928年に南海鉄道は川崎車輛(現在の川崎重工業車両カンパニー)で、モ161形161〜170の10両を製造しました。
戦後に空き番を詰めるために改番が行われモ170(初代)→モ164(2代)となりました。
後に164は前面のV字を消した緑地の黄色帯塗装となって、2012年現在日本最古の現役電車として活躍しています。

166

写真6はモ161形166、1971/9/1南海電鉄阪堺線我孫子道車庫。
モ166は通称雲電車(緑)と呼ばれる特別塗装を約20年ぶりに復活。この166も2012年現在日本最古の現役電車として活躍しています。

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