古い車輌の写真

長野電鉄 3 130、200、400

132

RP466 Web#=701 掲載2012/2/22

写真1はモハニ130形132、1976/6/5長野電鉄須坂駅。

1926年河東鉄道が電化に備えて半鋼製車デハニ200形202を汽車会社(現川崎重工業車両カンパニー)東京支店で製造しました。同年に河東鉄道が長野電気鉄道を合併し長野電鉄に社名変更。
1953年モハ100系のモハニ112へ改番、その後モハニ132へ改番。
1977年廃車、同形のモハニ131が、小布施駅構内「ながでん電車の広場」でデハニ201の形で保存。

201

写真2はモハ200形201、1976/6/5長野電鉄須坂車庫。

1933年モハ100形の増備車としてモハ103を汽車会社(現川崎車両)東京支店で製造。
後にモハ110形モハ111へ改番。
1953年にモハ200形モハ201に改番。
1978年廃車隣上田交通へ譲渡、モハ5261として竣工。
1986年上田交通別所線の1500V昇圧に伴い廃車。

401

写真3はモハ400形401、1976/6/5長野電鉄須坂駅。

1926年東武鉄道が蒸気機関車に牽引される列車用として半鋼製電車形客車ホハ11形51〜58の8輌を製造しました。この中のホハ51が後の長野電鉄モハ401です。
1927年電車形客車ホハ51は電装化され電車となりデハ3形12と改番。
1947年に長野電鉄へ譲渡されモハ130形132となりました。これは終戦後の混乱期に東武鉄道が63形電車の導入する見返りに地方私鉄へ手持ちの古い電車を供出させられたためです。戦争中の酷使のためか、譲渡時には酷く荒廃した状態で長野電鉄に到着しました。
1953年モハ400形402へ改番。
1956年初代モハ401がモハ421に改造されたため、欠番を埋める形で2代目モハ401へ改番。400系は抑速電気制動を持たず、手動扉のままであったため河東線専用車両として運用されていました。
1977年廃車。

451

写真4はクハ450形451、1976/6/5長野電鉄須坂駅。

1926年に東武鉄道が製造した半鋼製電車形客車ホハ11形の中のホハ52が後の長野電鉄クハ451です。
1927年電車形客車ホハ52は電装化され電車となりデハ3形11と改番。
1947年に長野電鉄へ譲渡されモハ130形133となりました。
1953年モハ400形403へ改番。
1956年クハ代用であったモハ403は改造を受けて正式にクハ451となりました。
1977年廃車。

長野電鉄400系電車はリベットだらけの半鋼製車体、キングポスト、大柄なパンタグラフ、お椀形ベンチレーター、妻面にむき出しになった台枠、古いイコライザー台車と、大正時代に作られた古い電車の魅力を長く保ったまま活躍していました。

   前のページ 次のページ