古い車輌の写真

阪急電鉄伊丹線 1

阪急電鉄伊丹線 伊丹駅

RP022 Web#=76 掲載2008/2/20
修正1 2012/8/20

写真1は阪急伊丹線の終着駅伊丹駅の改修前、1963年頃の撮影です。

阪急電車はサイト・オーナーにとって、沿線に60年間住んでいて身近な鉄道です。よく撮影に行ったので写真がありすぎてどこから手をつけてよいのやら・・。そこで小型車が最後に活躍していた伊丹線を取り上げましょう。まだバブル経済の始まる前、伊丹線は都会のローカル線でした。

90

写真2は90形90、1965/2/3阪急神戸線西宮北口車庫。

高級志向の阪急が中古車を買ったなんて考えられないのですが、ローカル線である今津線や伊丹線、甲陽園線で専用に使うためでした。
写真2の90は鉄道院(現JR)のホデ6110型→改番でデハ6285型→目黒鎌田電鉄(後の東急)→阪急95→改番で90→制御車化→電動車に復元という阪急では珍しい経歴を辿っております。

91

写真3は90形91、1965/2/3阪急神戸線西宮北口車庫。

写真3の91は鉄道院(現JR)のホデ6100型→改番でデハ6250型→目黒鎌田電鉄(後の東急)→阪急94→改番で91→制御車化→電動車に復元という経歴です。

手元に詳しい資料を持っていないので断言できないのですが、DT-10系統のイコライザー式台車は鉄道省オリジナルのようで狭軌用台車を改軌していると思われます。目黒蒲田電鉄(現東急)が間に入っているような形をとっていますが、現車は直接鉄道省の工場から運ばれたそうです。

92

写真4は90形92、1966/7/16阪急神戸線園田駅側線。

写真4の92は鉄道院(現JR)のホデ6110型→改番でデハ6285型→目黒鎌田電鉄(後の東急)→阪急93→改番で92→阪急スタイルの車体を新造して載替という経歴を辿っております。

95

写真5は90形95、1966/7/16阪急神戸線園田駅側線。

写真5の95は鉄道院(現JR)のホデ6100型→改番でデハ6250型→目黒鎌田電鉄(後の東急)→阪急90→改番で95→制御車化→電動車に復元という経歴です。95は最後まで両運転台で、阪急では珍しい前後とも非貫通の車体を持っていました。

96と97は加越能鉄道の客車を改造したという面白い経歴を持

97

写真6は96形97、1963年頃の撮影です。

1930年代から阪急今津線沿線で川西航空機宝塚工場が建設されるなど軍需工場が多数立地、通勤客が急増していました。
富山県の加越鉄道(後に富山地方鉄道を経て加越能鉄道加越線)で、余剰になっていた中型半鋼製客車ナハフ101と102をブローカーの小島栄次郎工業所を経由して阪急が購入しました。このように伊丹線は阪急の姥捨て山のような路線でした。

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