古い車輌の写真

阪急電鉄 31 5000系、5300系

5008

RP578 Web#=827 掲載2013/7/16

写真1は5000形5006、1970/3/25京都線正雀工場。

1968〜1969年に阪急は神戸線用として5000系を47輌ナニワ工機で製造しました。後に5100系の内17輌を改造して5000系の編成に組み込みました。
1970〜1971年に阪急は神宝線用試作冷房車として5200系を25輌ナニワ工機で製造しました。屋根が少し深い独特の妻面を持っていましたが、少数の試作車だったために冷遇され、2000年までに廃車されてしまいました。晩年の5200系は今津線に押し込まれて運用されていましたが、毎日目にしていたため残念ながらマトモな写真を撮る機会を逃しました。
1971〜1974年に阪急は神宝線用量産冷房車として5100系を90輌アルナ工機(ナニワ工機の後身)で製造しました。
2000〜2007年にかけて5000系全車にリフレッシュ工事が施行されました。中間に組み込まれた運転台の撤去、正面のデザインに大きな変化があり、また車体屋根肩部分が6000系以降の車両と同じようにアイボリーに塗り分けられました。床材の交換、室内化粧板が濃色に交換され、一般乗客の目では新車同様となりました。

5301

写真2は5300形5301、1976/1/17千里山線南千里駅。

1972〜1984年に阪急は京都線用として5300系を105輌アルナ工機で製造しました。製造当初から冷房装置を搭載していました。

5304

写真3は5300形5304、1977/12/11京都線十三駅。

阪急電車は2000系から始まった標準車体を永らく変更しないで製造を続けました。2000系、3000系、5000系、6000系、7000系は私のような趣味人から見れば全て同じで、8000系も横から見れば同じ。特急用の2800系や6300系も正面のデザインに変化は感じられませんでした。

5308

写真3は5300形5308、1977/12/11京都線十三駅。

年代ごとに違う車輛が入り混じって走っていた時代は過ぎ去ったようです。この5300系を撮ったころ、「電車は皆同じ格好、エレベーターの篭と大差ないね〜」と感じてしまい、鉄の写真に関する熱意が急激に薄れて行ったのを覚えております。

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