古い車輌の写真

三岐鉄道 5 電車1

モハ120

RP590 Web#=848 掲載2013/10/26

写真1はモハ120形モハ120、1978/5/14三岐鉄道三岐線保々車庫。

1959年の旅客列車の完全電車化に際して東洋工機でモハ120とクハ210が製造されました。
1960年にモハ121とクハ211が増備。
1963年にモハ122が増備。
全長18.7m、自重33.4t、出力75kwX4=300kw、片運転台、片開2扉、定員140名、台車は近代的なカルダンドライブのFS17Aを履いていました。

クハ210

写真2はクハ210形クハ210、1978/5/14三岐鉄道三岐線保々車庫。

全長18.7m、自重27.1t、片運転台、片開2扉、定員140名、台車はモハ120形と同じFS17Aを履いていました。
写真で見られるように名鉄の3700系を参考にしたような優しい印象の電車でした。晩年はヘッドライトがシールドビーム2灯化されました。
1982年に廃車となり高松琴平電鉄に売却され1013形1013(元モハ121)と1014(元クハ21)となりました。
1997年に廃車。

モハ125

写真3はモハ120形モハ125、1978/5/14三岐鉄道三岐線保々車庫。

1975年小田急電鉄で廃車となったデハ2100形2104を譲受けて西武鉄道所沢工場で改造工事を施行。
1976年モハ120形モハ125として就役。車体の大きさや性能、経年が違うにも拘わらずモハ120形となったのはなぜでしょうか?
全長17.7m、自重37.0t、出力85kwX4=340kw、貫通型片運転台、片開3扉、定員130名、台車は西武鉄道で余剰のTR14Aを履いていました。ヘッドライトは入線時よりシールドビーム2灯。
1990年冷房車の101系に置換えられ廃車。

クハ215

写真4と5はクハ210形クハ215、1978/5/14三岐鉄道三岐線保々車庫。

1975年小田急電鉄で廃車となったデハ2150形2153を譲受けて西武鉄道所沢工場で改造工事を施行。
1976年クハ210形クハ215として就役。

全長17.7m、自重23.6t、貫通型片運転台、片開3扉、定員130名、台車はFS14を履いていました。ヘッドライトは入線時よりシールドビーム2灯。
1990年冷房車の101系に置換えられ廃車。

モハ130

写真6はモハ130形モハ130、1978/5/14三岐鉄道三岐線保々車庫。

1966年モハ120形の増備車として東洋工機で新造されました。全長18.7m、自重33.6t、出力75kwX4=300kw、貫通型両運転台、両開3扉、定員140名、台車はFS17Aを履いていました。晩年にヘッドライトがシールドビーム2灯化。
1982年120形と一緒に廃車となり香川県の高松琴平電鉄へ譲渡。
1983年1063形1063として竣功、その時に2扉化。
2005年廃車。

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