古い車輌の写真

糸崎機関区 1 C50

C50 66

RJ246 Web#=923 掲載2015/2/4

写真1と2はC50形C50 66、1972/5/7国鉄山陽本線糸崎機関区。

1929年三菱造船神戸造船所で新製。名古屋、稲沢、多治見、富山、直江津などで活躍。
1939年麻里布( 後の岩国 )機関区へ転属。その後広島機関区へ転属し、入換専用機として活躍。
1967年糸崎機関区へ転属。
1970年糸崎機関区で廃車、解体。

C50形蒸気機関車は地味を絵で書いたような形式で、本線で旅客列車や貨物列車を牽引する機会もあまり与えられず、ヤードでの入換専用機として裏方に徹していたように感じます。

C50 82

写真3〜5はC50形C50 82、1972/5/7国鉄山陽本線糸崎機関区。

1929年川崎車輌兵庫工場で新製、名古屋鉄道管理局へ配属。静岡、名古屋、行橋、吹田、梅小路、福山機関区で活躍。
1968年糸崎機関区へ転属。
1970年糸崎機関区で廃車、解体。

糸崎機関区に所属していたC50形は入換専用機として、ランボードに白線が入れられ煙室扉、前端梁とテンダー背面が黄色と黒のトラ塗り、テンダー側面に白緑十字が書き込まれていました。

初期のC50形蒸気機関車にはお洒落な化粧煙突が奢られていましたが、どこへ行ったのでしょう。ヘッドライトが醜いシールドビームでないことが救いなのですが。

C50 66と82に共通する事ですが、圧縮空気冷却配管の前のランボード上にある大きな箱は何でしょうか? 安全標語の掲示板なのでしょうか。
ネットのお友達からの情報ですが、オイルポンプが入っている箱のようです。

C50 88

写真6はC50形C50 88、1972/5/7国鉄山陽本線糸崎機関区。

1929年日立製作所加佐登工場で新製、大阪鉄道管理局へ配属。豊岡、湊町、奈良、竜華、梅小路、新見、福山機関区で活躍。
1966年糸崎機関区へ転属。
1970年紀伊田辺機関区へ転属。
1971年紀伊田辺機関区で廃車、解体。

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