古い車輌の写真

糸崎機関区 3 D51-1

D51 441

RJ248 Web#=925 掲載2015/2/19

写真1と2はD51形D51 441、1967/3/31国鉄山陽本線糸崎駅。

1940年日本車輌名古屋で新製、岡山鉄道管理局糸崎機関区へ配属。
1968年糸崎機関区で廃車解体。

余程調子のよいロコだったのでしょうか、新製から廃車に至るまでの29年間をずっと糸崎機関区に留まって活躍を続けていました。

D51 489

写真3と4はD51形D51 489、1969/9/19国鉄山陽本線糸崎機関区。

1940年鉄道省苗穂工場で新製( 製造番号は7!)、札幌鉄道管理局追分機関区に配属。
1968年糸崎機関区へ転属。
1970年糸崎機関区で廃車、解体。

D51の量産期間( 1935〜1944 )は太平洋戦争の期間( 1941〜1945 )と重なり、民間の車両工場だけでは間に合わないということで各地にある鉄道省の八つの工場( 鷹取、大宮、浜松、小倉、土崎、長野、郡山、苗穂 )が動員されました。苗穂工場では1938年3輌、1939年4輌、1940年4輌、1941年に1輌の系12輌が新製されています。

D51 798

写真5と6はD51形D51 798、1967/3/31国鉄山陽本線糸崎機関区。

1943年三菱重工業神戸造船所で新製、広島鉄道管理局広島機関区へ配属。ずっと広島鉄道管理局管内で活躍しました。
1972年に長門機関区で廃車、解体。
このロコも戦後に新製されたボイラーと交換されていました。

この夜間に撮った写真は糸崎機関区の方に許可をもらってから撮影しました。安全には特に注意してカメラを向けていたのですが、今では考えられないことでしょう。真っ暗な構内で時々動く空気圧縮機のカタンカタンという音の印象が強く残っています。

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