古い車輌の写真

福井鉄道 福武線 4 モハ111、モハ161

モハ111

RP306 Web#=496 掲載2010/5/1

写真1と2はモハ110形モハ111、1973/6/3福井鉄道福武線西武生車庫駅にて。

この電車は長くて複雑な経歴を持っています。1914年新橋工場でナデ6143として竣工、まもなくデハ6295に改番。1926年に廃車となり目黒鎌田電鉄に払下げられデハ43となりました。1927年に福武電気鉄道の譲渡されデハ5となりました。1933年に廃車となりましたが1943年に客車スハフ11として復活しました。この空白の10年間は単に保管されていただけなのでしょうか?

1948年に再度電装されてモハ111となり、1955年に鋼体化改造を受けて写真のような形となりました。車籍は1933年で切れてしまい継承されていません。鋼体化の段階で殆んどの部品が入れ替わったと思われます。

写真でご覧のように幕板が極端に広く、窓が低くて狭い独特の風貌を持っていました。他の電車と比べて強力なモーターを搭載していて、南越線で除雪や軽貨物列車などの牽引に使われていましたが、1975年に事故で廃車となりました。

モハ161-1

写真3はモハ160形モハ161-1、1973/6/3福井鉄道福武線水落駅留置線にて。

1933年に福武電気鉄道が福井市内線用としてデハ20形デハ21〜24の4輌を日本車輌で作りました。1947年にモハ60形モハ61〜64と改番されました。モハ61は1948年の福井地震で大きな被害を被りましたが復旧されました。1967年から鉄道線でも運用されるようになりました。路面電車として設計されていたために車体が小さかったので、1968年に福井鉄道の車庫で連接車に改造されモハ61がモハ161-2に、モハ62がモハ161-1となりました。

モハ161-2

写真4はモハ160形モハ161-2、1973/6/3福井鉄道福武線水落駅留置線にて。

連接車として1973年の同線廃止まで鯖浦線で活躍し、その後は福武線の臨時列車用として使われていて、1985年にはワンマン改造も受けました。1997年に名古屋市交通局名城線の1100形と1200形が600形として入線するに際して廃車となりました。

写真6は1973/6/3福井鉄道福武線水落駅留置線にて。

このように昼間は鯖浦線にはモハ12が運用されていて、連接車は留置線で欠伸をしていました。

現在はモハ161-1が越前市の元南越線の村国駅跡で保存されています。モハ161-2は震災復興の記念車輌として福井市立美術館近くの下馬中央公園で単行運転時代に復元されて保存されています。

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